抑鬱亭日乘

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2010年8月31日(火)

白き女

連日快晴。風なく蒸暑堪ふ可からず。旬日雨なし。ハビエル、ローラと電子郵件を交はして商議すること日課の如し。十一時過あまりの暑さに心地よろしからず、臥牀に橫りて夢聲戰爭日記第五卷を讀む中、いつか華胥に遊べり。正午過起き出づ。三時病院に赴き診察を請ふ。床のカーペットいつか一新され、院内俄に明くなりぬ。待合所にいつもの若き女、長椅子に側臥して顏を上衣にて覆ひゐたり。色白く氷の如し。重力に抗ふ力さへなき樣子なり。年の頃二十五六歟。鬱病なるにや神經病なるにや、余は固より女の病名を知らず。然れど重力に抗へぬほどの虛脫は余も經驗せしことあり。寢床より起き出づること能はず、厠に徃くことさへ能はず糞尿を漏らしたりき。六年前の秋のことなり。晡時家にかへる。氣溫攝氏三十五度、ベランダの鉢植に水やりて後、ふたゝび寢臺に橫はり一睡を試む。遠雷の響を聞く。

2010年8月30日(月)

言ふまいと思へど今朝の暑さかな

晴。朝の中風ありしが須臾にして歇む。雲多く溽暑甚し。裏手の普請地均し終りたるやうにて重機の音消え人影なし。抑欝亭界隈靜けさをとりもどしぬ。アサリ君一本だけ殘りゐたりし風切羽竟に拔け落つ。生來羽根の發育よからず、生える羽根どれも貧弱にて、羽軸の附根頗る短く、ポロ/\と拔けるばかり。今月分の原稾をつくり編輯長に送る。六時過農協に赴きペットボトル牛乳パック古トレイを棄つ。犬を曳きて步む者三四人。みな晚涼を待ちて散步するなり。タオルを頭より兩頬に垂らしたる上に帽子をかぶりて暑さを凌ぐ老人あり。散水車來りて植込の金目黃楊きんめつげに水を遣る。日照つゞきのためなり。日中は燒石に水なれば日の沒するを待つて水遣りするものと見ゆ。蟲聲喞々たり。燈下讀書深更に至る。

2010年8月29日(日)

閉店

晴れたる空に白雲多し。風絕えて秋暑未去らず。鉢植の土も每日水をやらねば忽ち乾涸らびるなり。FM愛知にサンデー・ソングブック納涼夫婦放談第二囘を聽きて後、農協に赴きペットボトルを棄つ。南風吹き出でゝ炎暑燬くが如し。なるべく日蔭を選びて步む。烟草自動販賣機に、十月から大幅値上げです、豫約を承つてをりますとの貼紙あり。是日始て中庭に秋蟬つく/\法師の啼くを聞く。土鳩の羽根一枚落ちゐたるを拾ふ。山本小鐵歿。享年六十八。松坂屋名古屋驛店閉店。名古屋の商店も日々知らぬ間に變り行くこと頗急なれば茲に記載して備忘となす。時事通信配信のYahoo!ニュースに入店業者の論評あり。

批判を承知で敢へてコメントします。今日迄閉店セールに驅り出された私のやうな入店業者の皆樣、本當にお疲れ樣でした。昔ながらの上から目線、リスクを負はない取引業者まかせ體質、そのうへ言ひたい放題、顧客はもちろん第一ですが取引業者との關係を大事にしない業態には未來は無いと思ひます。

2010年8月28日(土)

祭囃子

晴。朝の中稍涼しかりしが、午後に至りて氣溫今日も攝氏三十四度に達す。籠の中のシジミ君を見るに、蠟膜上部、額のところ桃色の地肌透けて胡麻の如き黑い粒點々として見ゆ。疾患なるやと仔細に看れば、地肌の透けて見ゆるは新しき羽毛生えきたりし故にて、胡麻粒は毛の模樣と判明す。先週羽毛多く拔落たりしは額の毛なるべし。生毛ピン/\と立つさま恰も部分鬘を裝着したるが如し。一時半頃鄰町より祭囃子の音聞ゆ。讀書。晡下一睡。日暮るゝやアサリ君大聲で鳴き、早く寢かせてよと催促をなす。讀書深更に及ぶ。

2010年8月27日(金)

柳と祟

晴。久しく雨なし。瀧野川M氏より電子郵件あり、寢臺より牀に落ち尾骨損傷、步くはおろか立上ることさへ能はず、厠にも行くこと能はざれば溲甁を用ゆと云ふ。寔に氣の毒といふ外なし。午下 radiko に文化放送大竹まことゴールデンラジオ!を聽く。開卷劈頭、小沢一郎の民主黨代表選舉出馬に色めき立つ新聞各社と政治家の浮世離れぶりに大竹大に吠えたり。

(友人の)慶應生が八萬の家やめて三萬五千圓の長屋に移つてるつて。そこでも暮らせなくなつてると。店はどこ行つてもガラガラだと。あのね、今ね、店やってるところがね、みんな街步いてゝお店やつてるけど、政治家の人に言ひたいんだけど、儲かつてやつてると思ふなよ! あのね、持出しだからね。今、貯金を、ね、何とかして貯めた貯金を取崩して店やつてるんだからね。店開いてるからつて儲かつてるわけぢやないからね。中にはですね、何十年間貯めたお金を、老後のためにとつておいたお金を、取崩してお店……それでもお店閉ぢちやダメだからつて、やつてるんだからね。それに耐へられない、持出してるのが耐へられないところが、今まで二十年も十年もやつてるところが、みんな潰れてるんだからね。そこをハッキリわかつてほしいんだよね俺は。

中座してホームセンターに赴きセキセイ鸚哥の混合餌とオーツ麦を買ふ。ユニクロの新店舖普請中なり。歸路理髮舖に立寄る。ラヂオの續きを聽くに、この日の來客は黒柳徹子なり。徹子の語るに、柳といふ漢字をつい最近まで知らざりし由。木偏に卯と書くべきところ、母親の習慣を鵜呑みにして片假名のタを二つ竝べて書くなりとぞ。人に指摘され調べしに、タを二つ竝べるは崩し字と判明したる由。余は徹子を嗤へず。余もまた祟といふ字を、山偏に宗と覺えて四十年以上疑はざりき。正しき字形を知りしは一昨年のことなり。夕餉に手こね壽司を食す。讀書三更に至る。

2010年8月26日(木)

溫泉

天氣好晴。日中の氣溫昨に劣らざれど空氣乾燥して秋風涼爽たり。筆秉るも感興來らず。晝餔の後、氣分を變へむとてやまとの湯に赴き露天風呂に浴す。龜山の湯いつ浸りても心地よし。男湯の客十二三人。ふろの日とて割引囘數券を購ふ。久振りに瀨港線を走るに、ユニクロ店舖いつの間にか新裝擴大され、敷地全面を駐車塲とし、店舖は二階となれり。サンステージ三郷のTSUTAYAいつしか廢業し、M's Park とかいふ遊戲塲となれり。代りに街道南側に AMERICA といふ賃貸CD・DVD店できたり。然れど所謂パッケージ商品衰退の一途を辿る昨今、この店も何時まで續くにや。十二年ほど以前このTSUTAYAにてサタデー・ナイト・ライブのビデオを借りてはビリー・クリスタルやダン・エイクロイド、スティーヴ・マーチンの藝を堪能したりき。風呂より上るに汗出でず、心氣爽快を覺ゆ。矢田川の中洲に靑鷺一羽見ゆ。二時過歸家、ふと興の動くがまゝ執筆五枚、直に編輯長に送る。米國映畫アカデミーの速報あり、ジャン=リュック・ゴダールに名譽オスカー賞、フランシス・F・コッポラにアービング・G・タルバーグ賞授章といふ。

2010年8月25日(水)

風と共に去りぬ

隂又晴。九時机上の寒暑計旣に攝氏三十一度を示す。溽蒸堪ふ可からず。西班牙のスタッフと電子郵件にて商議。東京の事務所にファックスを送り經過報告をなす。非晡下疲勞を覺え一睡を試む。枕頭夢聲戰爭日記を讀むこと每夜の如し。昭和十七年十二月二十二日、慰問團一員として昭南シンガポールに渡りし夢聲胃潰瘍にて入院足止、オーチャード・ロードの扶桑劇塲にて風と共に去りぬを鑒賞し、敗戰を豫感せり。

これを見てゐるうちに私は「どうも今度の戰爭は、うまくいかんかもしれんぞ」といふ氣が、益々强くなつてきた。「この風と共に去りぬ」[ママ]を製作し得る國と、近代兵器の戰爭をして、到底ダメだといふ氣がしたのである。

2010年8月24日(火)

健康なる嫌煙思想

薄く曇りて溽暑宛ら溫室に在るが如し。朝餉の卓子にてセキセイ鸚哥のアサリ君溫野菜に興味津々、余が箸でつまみしブロッコリーともやしを喜々として啄む。草稾をつくらむとせしが興來らずして歇む。讀書半日。晚涼を俟ち便利店に赴き烟草を購ふ。マールボロ・ブラック・メンソール一箱三百二十圓。十月朔より四百四十圓に値上となる。政府は國民の健康促進を名目として五百圓、七百圓、千圓と價格を上げゆく算段なり。嫌煙運動家は聲高に受動喫煙の被害を訴ふ。然れど飮酒運轉の害につきては何の批判もせず、喜々として排氣ガスを呼吸す。百藥の長たる酒も過れば健康を損なひ他人の命をも奪ふ。烟草も然り。何事も過ぎたるは及ばざるが如し。古來人の嗜みて措かざるものを十把一絡げに害惡となす思想こそ不健康といふべし。滿月黃色く染りて東天に低く懸る。

2010年8月23日(月)

無花果

けふも薄く晴れて炎蒸甚し。九時半几案の寒暑計を見るに、早くも攝氏三十度なり。靜坐して扇風機を囘すも全身に汗にじみ出でゝ不快この上なし。門前の楓葉少しく黃ばむ。朝餉の後町内產の梨を購はむとて、母上を伴ひ自動車を運轉してA村に赴く。果物賣塲に西瓜ばかり。梨の時節旣に過たるが如し。ジャム用に無花果を購ふ。四個入一パック四百圓也。超級市塲Aに徃き萬松庵の名觀を買ふ。月曜の朝とて客尠し。正午家内除濕。胸むかつきて晝飯は食はず。連載の草稾茟進まず。二時過ヤマト運輸集配所に赴き伯母Kに荷物一箱送る。いとうせいこう氏のツイートを讀むに、早稻田文學新人賞來年の審査員は蓮實重彥一人といふ。枕上夢聲戰爭日記一卷讀了。朝鮮女の插話に暗淚を催す。

2010年8月22日(日)

永遠のロック小僧

坂本龍一と會食する夢を見たり。緊張過度なるを以て料理を味はふ餘裕なし。およそ夢といふもの覺むると共に思出さむとするも得ざるが常なるを、昨夜の夢は寤めたる後にもあり/\と心に殘りたり。薄く晴れて秋暑前日に劣らず。FM愛知サンデー・ソングブック納涼夫婦放談を聽く。ライジング・サン出演本人も意想外の好評を博したる由。桑田佳祐食道癌手術成功を祝して竹野屋セントラルヒーティング戀のバカンスかゝりたり。一九八〇年錄音、二〇一〇年リマスター版なり。ドラム山下達郎、ベース世良公則、キーボード竹内まりや、ギター桑田佳祐ダディ竹千代。夕餉に天麩羅を揚ぐ。初てにしては上出來なり。この日HMV澀谷店閉店。

2010年8月21日(土)

花火

薄く晴れて殘暑酷烈なり。然れど木陰を步めば風稍涼しく秋を報ず。セキセイ鸚哥のシゞミ君朝の中より鳴聲絕間なし。オーツ麦の催促なり。書齋より籠のある食堂に赴き麦の袋を籠に近づけ、これかいと尋ねるに、欣喜雀躍、脇目もふらず啄み、あッといふ間に食盡くし、須臾にしてお代りの催促をなす。餌箱に二膳目を入れ、暫くして再び聲を限りに鳴き出したり。此度は聲の調子微妙に異なり、日課の空中散步を催促するなり。果して扉を開放つや忽ち出で來りて食堂居間を融通無碍に飛び囘りては籠の屋根に降立つこと幾囘なるを知らず。屋根に佇立む姿を仔細に觀察するに、右足前指の爪一本いつしか拔落ち、指先少しく白みを帶び、先端より新しき爪なるにや細き爪先見ゆ。出血したるやうには見えず、脚の全體はつや/\と桃色に輝くこといつもの如し。暫くこのまゝ樣子をみるべし。初更花火を打揚る響頻なり。書窗より北の空を見るにO市の花火大會なり。直に東の空より爆音殷々としてひゞき渡り、我が町内花火大會の開始を告ぐ。二更烟草を購はむと表通を步むに、浴衣姿の女大勢通り過ぎたり。見物歸りの自働車長蛇の列をなせり。德川夢聲戰爭日記のつゞきを讀む。

2010年8月20日(金)

自家製小倉トースト

霧雨折々降り來りて霽れず。溽暑退かず靜坐するも油汗出るほどなり。昨夕來嘔吐を催すほどにはあらざれど絕えず胸むかつきて心地わろし。胃に輕痛を覺え烟草の味も佳ならず。朝餉に自家製の麵麭と粒餡の小倉トーストを食す。N子を交へて團欒の時を過ごしたしと思へど氣分すぐれず書齋に蟄居す。一時半N子の自宅に歸るを地下鐵道驛に送る。園丁來りて庭木の刈込みをなす。炎天下默々として仕事に勵むを見て余唯敬服するのみ。高校野球快進擊を續けし成田準決勝にて東海大相模に逆轉負けを喫す。

2010年8月19日(木)

眩暈

拂曉眠より寤む。家の内蒸暑くして居る可からず。朝の中より空調を除濕運轉す。アサリ君三日目にして漸くN子への警戒心を解き、籠の露臺の上よりN子の長き爪を飽かず突きて戲る。午前執筆五枚。二時過疲勞を覺え書齋に床敷延べて臥す。燈刻起出るに輕き眩暈を覺ゆ。心地平生の如くならず。

2010年8月18日(水)

百日紅

蚤起。晴。每日秋暑甚し。八時半モーニングを食さむとて父上母上N子を伴ひ珈琲所コメダに赴く。客の出入り間斷なし。大半は定連の客なるべし。N子と余はマーガリンを塗りたるトーストと別に餡を注文し小倉トーストとなす。九時半歸宅して筆を秉り連載の稾を起す。晝餉の後母上とN子を伴ひ五色園宗敎公園に徃き親鸞上人に纏はるコンクリート像を見物す。炎熱堪ふ可からざれば自働車を降りず、園内北半分を走りながら時々停車して窓より眺む。小道の入口に淺黑き男の立像ありて突如動き出し、人をして一驚を喫せしむ。よく見ればコンクリート像にはあらず、寺の關係者か園丁らしきものなり。山の頂に明治天皇皇后の巨大立像あり。傍らには老婆と覺しき石像の人物縮こまりて叩頭し、その面前には何やら聖人らしき石像あり。然れど由來を示す札もなければ何のことなるやわからず。總じて形容しがたき奇觀なり。歸路スターバックスに立寄り一茶す。沿道の百日紅爛漫たり。秋に入りてより日の暮れざまあはたゞしくなりぬ。

2010年8月17日(火)

急患

晴。晏起十時を過ぐ。殘暑燬くが如し。N子日頃の疲れ出でしにや朝餉濟ませて再び臥す。三時主治醫を訪ひ診察を請ふ。藥を貰ひ受附前を通りがゝるに、車椅子に坐りたる急患の男二名、いづれも作業着姿にて、一人は六十代半ば、瞼閉じ口半開きのまゝ顎突出し頭を背凭れの上よりだらりと後方に埀らし、氣絕せしにや身動きせず。一人は五十代後半、作業ズボンに白ペンキの飛沫夥し。看護師口々に熱中症なりといふ。炎天下の作業中熱中症にて倒れたるべし。寔に氣の毒といふほかなし。犯罪的とも殺人的とも形容すべき暑さなり。晡下一睡纔に苦熱を忘る。

2010年8月16日(月)

感服

晏起正午を過ること半時なり。秋暑甚し。去月來の炎暑に步道の植込みも疲れたるにや、金目黃楊ところ/″\枯れたるあり。感興索然たりしが勉强して執筆一二枚。重機の音せず四鄰閑靜、工事現塲も盆休みに入りしなるべし。平生作業員の樣子を見るに、炎天下長袖の分厚き作業衣に身を纏ひ、手袋をはめヘルメットを被り默々と精を出す。街路樹選定の作業員も同じやうな服裝をなし、愚癡もこぼさず電柱に攀ぢ登り、長き鋏にて枝葉を落す。余が如き病弱の身にとりてはその光景を見るだに暑苦しく、唯感服するのみ。二時過除濕。晡下N子を驛に迎ふ。夕餉に手卷壽司を食す。睡眠劑一錠服して臥すも眠ること能はず、更に一錠服す。

2010年8月15日(日)

木偶の坊

陰。蒸暑し。終日困臥。燈刻起出でゝ晝餉の殘りを食す。何といふわけもなく身のまはり裏淋しく、餘命のほども幾何ならずといふ心地して、何事をもなす氣力なし。初更敎育テレビ新日曜美術館に會津八一特輯を見る。

2010年8月14日(土)

欝々

曇天。溽蒸昨に劣らず。困臥半日。空氣の拔けたる風船の如き心持なり。心氣欝々何事をもなすこと能はず。網站の高校野球中京大中京六對廿一にて早稻田實業に大敗を喫す。

2010年8月13日(金)

揚羽蝶

陰。欝蒸甚し。正午窓前揚羽蝶の舞ふを見たり。黑に黃の文樣愛すべし。正午過より除濕。一週間の疲れ出でしにや困臥半日。TBS荒川强啓デイ・キャッチ放送四千囘。晡下微雨あり。鳥籠に顏を近づけるにアサリ君出で來りて余の額鼻先唇を突き愛着を示す。去七日豆颱風來襲して以來抑鬱亭時ならぬ賑ひを呈し、小心なるアサリ君すつかり氣壓され籠の片隅に蟠踞して動かざりき。この日漸く平生の靜けさを取戾したるを以てアサリ君も安寧を樂しむが如し。初更烟草を喫せむとベランダに出づるに驟雨車軸のごとし。サイマルラヂオ radiko の試驗放送今月末終了の豫定なりしを十一月末となす。聽取者延人數三百萬人に達し、利用者の期待に應へるためりといふ。

2010年8月12日(木)

嵐と共に去りぬ

蚤起。暴風雨。颱風四號日本海より東北に上陸せんとす。風雨を冒して五人で洋食屋Kに赴き名古屋名物モーニングを食す。先客五六組在り。麵麭茹で玉子サラド。咖啡の味頗わろし。一先家にかへり、小憇して後、日本氣象協會の網站に東海道新幹線の運行狀況を閱す。平常運行の由。東上する甥RとDを驛に送る。母上名古屋驛まで同行せらる。午下母上を地下鐡驛に迎ふ。晝餔の後心身疲勞を覺え、午睡四時に及べり。晡下S子電子郵件を寄せRとD無事歸宅の由を報ず。新幹線は定刻東京驛に着きしが在來線の遲延一時間二十分に及べりといふ。

2010年8月11日(水)

大學見物とアイスホッケー大會

陰晴定らず。涼風颯々たり。早朝甥R獨り京都大學見物に出かけるを驛に送る。ついこの間まで小學生なりしと思ひゐたるに來年は大學受驗生なり。東室蘭の町を倶に散步し公園に遊びたりしは彼が三歲の頃なりき。老來いよ/\光陰の速なるに驚くのみ。京都大學は今日より二日間オープンキャンパスと稱して全學部說明會模擬授業など開催し受驗生への宣傳活動をするなり。十八歲人口年々減りゆくを以て、舊帝國大學も世間の評判を氣にして周旋客寄せに惡戰苦鬪する時代となれり。十時過父上母上甥Dを伴ひホームセンターに出かけらる。余俄に疲勞を覺えたれば書齋に夜具敷延べて臥す。忽ち華胥に遊べり。いつか歸宅せられし母上に起こされる。几上の時計を見れば正午を過ること半時なり。甥D來室、夏休みの宿題なりとて英文日記の相談を受く。助け船を出し、We went to an amusement arcade called Kaikatsu Club to play billiard など手解きす。晡下Dを伴ひ自動車を運轉して驛に赴き京都歸りのRを迎ふ。新幹線在來線私鐡の乘繼ぎ滯りなく、道に迷ふ事もなく大學に着きたりといふ。殊勝にも土產なりとて生八つ橋抹茶團子を貰ふ。六時また自動車を運轉し母上RDと倶にとんかつ屋かつ雅に徃きて暮餐をなす。Rはとんかつが大好物にて、晝餉にも京都大學食堂にてかつ丼を食ひたりといふ。七時半歸宅し、恆例のアイスホッケー大會を開催す。昭和五十八年に購ひしエポック社製アイスホッケージャンボ今猶現役なり。早や二十七年の歲月經ちたり。實力伯仲、余初めて二人に敗北を喫す。疲勞困憊、早々に寢に就けり。

2010年8月10日(火)

懷かしき未來と撞球

曇りて折々小雨ふる。涼風水の如し。秋立ちてより俄に涼しくなりぬ。八時過總勢七人で珈琲農園に赴きモーニングを食す。先客一組のみ。咖啡代のみにて麵麭茹で玉子サラドを出す。歡語一時間半に及べり。朝定食目當の客陸續、ふと心附けば滿席なり。一旦歸家し、十時半S子義弟M自宅に歸るを驛に送る。甥RとD食卓に敎材を廣げ夏休みの宿題を始む。Rは化學、Dは英文日記なり。參考になるやも知れぬと思ひ、余が中學二年の夏より高校三年まで書きたる英文日記を披露す。昨日Dが十四年の誕辰なりしかば紀念に拙著南スペイン・アンダルシアの風景を贈る。Rには平成十六年玉川大學文學部國語入試問題の拙文を複寫して贈る。二時過二人を伴ひトヨタ博物館を見物す。百年前の歐米自家用車展示多し。當時旣に電氣自働車開發されゐたるを知り一驚を喫す。歐州車は後部座席廣々として馬車の名殘を多くとゞめ、米國車はエンジンルームの巨大さに特徵あり。西班牙のイスパノスイサ・アルフォンソXIIIを拜むを得たり。あり。一九一〇年式ロールスロイス・シルバーゴースト。一九三六年式伊太利ランチア・アストゥーラ・ティーポ233Cのデザイン夢の如し。流線型の靑きフェンダー光澤鮮やかなり。當今の自家用車より遙に未來を思はしむ。ピニン・ファリーナの意匠によるものなり。同年のフィアット500トッポリーノまた愛すべし。新館一階のカフェテリアに小憇して後、快活CLUBに立寄りビリヤード臺を借りナインボールに興ず。五時半歸宅。夕餉の後父上とD將棋を弄ぶ。祖父との對決をせむとDわざ/\將棋盤を持參しぬ。

2010年8月9日(月)

伊勢詣り

秋立ちて俄に涼しくなりぬ。晝前買物。店を出るに小雨降り來る。午後霧雨ふりてはまた歇む。手紙を書けば日は忽ち晡なり。初更父上母上S家一行志摩より歸宅せらる。全員疲勞困憊口數少なし。伊勢は折惡しく天候不順、三重縣北部大雨、菰野町々民避難勸告せらる。S子の話に伊勢市驛の手荷物保管所に鞄と傘を預け、市中觀光しゐたるに驟雨沛然、S子と甥D大急ぎで驛に走り鞄より傘を取出し驛舍より外に出づるや雨ぴたりと歇み、恰も漫畫の一塲面のやうな仕儀に至れりといふ。義弟Mの話に伊勢神宮外宮より内宮に至る路線バス大澀滯に卷込まれ二進も三進も徃かず、所要時間二十分のところ一時間かゝりし由。S子より伊勢土產水饅頭交通安全御守、母上より厄除御守を貰ふ。一同早々に寢に就く。

2010年8月8日(日)

最後の旅

曇天。秋立ちし故にや風爽にして涼し。父上母上S家一同連立ちて伊勢志摩旅行に出かけらる。余は氣分よからざるを以て留守番をなす。家族旅行で思ひ出さるゝは平成四年の西班牙旅行なり。余がマドリード・コンプルテンセ大學に留學したる時のことなり。十月新學期開始を間近に控へし頃父上より電話あり、月末に母上と西班牙を旅行したし、然れば旅程を組み給へなどゝ言ひ出しぬ。學業の出鼻を挫かれ、已むを得ず急遽十日間の豫定を組み、航空券長距離バス旅亭抔の豫約をなし、マドリード・バラハス空港に父上母上を迎へしは十月廿日頃と記憶す。トレド、コルドバ、グラナダ、セビーリャを巡り、行く先々にて父上不機嫌窮まりなく終始愚癡をこぼし、遂にセビーリャにては路上で口喧嘩となり父上旅亭の寢臺に不貞寢を決めこみたり。日程最終日二更バラハス空港に赴くに成田行イベリア航空機の出發二時間遲延の表示あり、とりあへず椅子に坐りて疲勞を休めむとせしに、父上何を思ひしにや突如立上がり、母上を置去りにし、余には一言の挨拶もせぬまゝ保安檢査の行列に竝びたり。余呆然として言ふところを知らざりき。母上余を憐れみて、一生に一度だからと、父上に代りて禮を陳べられたり。爾來十八年父上とは旅行すまじと心に誓ひて今日に及べり。南のベランダと書齋のベランダの觀葉植物に水を遣る。午後小雨ふり來る。晡時午睡。

2010年8月7日(土)

來訪

立秋。晴れて風爽かなり。十時半母上を伴ひ自動車を運轉して超級市塲Aに赴き夕餉の鮨ねたを購ふ。家に歸れば日は午なり。四時過S家來宅。S子が實家に來るは四年振りなり。義弟Mに久闊を陳ぶ。稍肥えたるやうなり。甥R十六歲、甥Dは明後日十四歲の誕生日なり。二人とも身長ます/\高くなりぬ。Dは顏立ち精悍になりて蹴球元日本代表選手宮本恒靖に髣髴たり。惠庭產のメロンを食し歡談。S子と倶に納戶部屋書齋寢室の書棚やステレオを眺めては昔の思ひ出話に興ず。サンスイ社製アンプ、ヤマハ社製チューナー、ビクター社製スピーカー、パナソニック社製テクニクス銘柄のレコードプレーヤーなど見ては頻に懷舊の聲を上ぐ。余がこれらの品を選びしは中學一二年生の頃にて、數ふれば三十二三年の昔とはなりしが、今猶現役なり。當時S子は赤毛のアンを耽讀したりき。今も本を捨てずといふ。晚餐に手卷壽司を食す。日頃父上母上と三人押默りて食事をなす故、今宵は久振りに談笑盡きず。殊に父上は平生話相手なきを以て、好機到來とばかりに長廣舌をふるふこと堰を切りたるが如し。食事しながらラムネを飮む。北海道產まりもつこりラムネ、しらかばラムネ、凾舘イカスミラムネ、インド人もびつくりカレーラムネなど。

2010年8月6日(金)

時代錯誤

晴後に陰。九時過几案の寒暑計攝氏三十一度を示す。マンション建設現塲の作 業夏休みに入りしにや重機の音なし。四鄰閑靜なるを幸ひに手紙かゝむとせし が筆すゝまず。暑氣昨に比すれば稍忍易し。アサリ君とシジミ君の聲もたのし氣なり。廣嶋市にて原爆追悼式典あり。敗戰六十五年目にして米國ルース駐日大使初めて參列し、核保有國の英國佛蘭西の政府代表もまた初めて列席す。國連事務總長潘基文パン・ギムンの參會も初めてなり。これ偏に去年四月オバマ米大統領核なき世界の實現を求めて行ひしプラハ演說の賜なり。然るに我國政府は一環して沖繩米軍基地への核配備を默認し、この日も菅直人首相核の抑止力は必要なりと發言す。時代錯誤は日本のお家藝と謂ふべし。今日も radiko にてニッポン放送高田文夫のラジオビバリー晝ズと大竹まことゴールデンラジオ!を聽く。初更中京テレビに漫畫映畫サマーウォーズを看る。極端なるご都合主義鑒賞に堪へず。冒頭主人公の娘と後輩高校生倶に乘合自働車に乘り、山道の起伏に車體搖れるに應じて座席に坐る人物もまた搖れる描寫のみ感心す。それにしても全世界を混亂に陷れる男と世界を救ふ者が同じ家族とは笑止の至りなり。思へばスター・ウォーズも皇帝の弟子ダース・ベイダーが父、その息子ルークと雙子の妹レイアが共和國の英雄にして、親子袂を分かちて銀河系に大戰爭を繰り廣げたり。サマーウォーズの題名は是に由來するものなる歟。

2010年8月5日(木)

radiko

晴れてはまた曇る。炎暑堪ふ可からず。十一時半過ふと思ひつきてサイマルラヂオ radiko の網站をみるに番組案内表示され我目を疑ひぬ。去四月提供開始の時、お住ひの地域は對象外ですとの告知ありて大に落膽し、今日に至るまで radiko の事は忘れゐたりき。今日眺むるにエリアは何故か TOKYO JAPAN とあり。そはともあれ、遂に抑鬱亭にて在京ラヂオ放送を無料で聞くことを得て喜び限りなし。直にニッポン放送高田文夫のラジオビバリー晝ズを聞き、一時より文化放送大竹まことゴールデンラジオ!、四時よりTBS荒川强啓デイ・キャッチを聞く。その間押入れの中に投込み置きし古雜誌の類を整理し、ハビエルに經過報告の電子郵件を送り、手紙二三通したゝむ。六時より InterFM の The Wolfman Jack Show を聞く。余が米軍極東放送のウルフマン・ジャック・ショウを夢中で聞きたりしは昭和五十五六年の頃なり。頃日新聞に韓國合倂百周年の記事あり。然れど北朝鮮への言及は皆無なり。日本政府韓國への謝罪は口にすれど北朝鮮に對しては國交なきを辨疏とし一度たりとも謝罪せず。過去一世紀日本は亞細亞に眞の友好國を持たず、唯孤立の道を進むのみ。

2010年8月4日(水)

開發

陰のち晴。溽蒸忍ぶべからず。午下父上母上を伴ひとんかつ屋かつ雅に晝餉をなす。混雜を避けむと一時過に赴きしが依然としてほゞ滿席なりき。待つこと十五分ばかり、座敷にて味噌ロースかつ定食を食す。余がこの店に繁く通ひたりしは十一二年前なり。二時半歸家。平成二十年度窓の杜大賞を受賞したる CristalDiskInfo の開發協力を始む。バーンズ&ノーブル賣渡の報あり。

2010年8月3日(火)

非業

陰後に晴。近年になき暑さつゞく。午下一時間ばかり假睡纔に苦熱を忘る。燒玉蜀黍を食ふ。三時過主治醫を訪ひ診察を請ふ。歸路理髮舖に立寄る。新聞紙の報道によれば先月の暑氣觀測史上最高、熱中症にて病院に運ばれし患者過去最多、その數愛知縣下に尤も多しといふ。今野雄二縊首の報に接す。ミッチ・ミラー九十九歲にて天壽を全うす。連日死にまつはる報道多し。年旣に百を越えて所在不明の老人多かる由。足立區千住の民家にて百十一歲の男白骨死體で發見されたり。同居の孫の話にこの男卽身成佛せむとて部屋に蟄居し決して襖を開くることなかれと言ひ含められたりといふ。死後三十有餘年經ちたる由。大阪市西區にては若き母親育兒を放棄し、三歲長女一歲長男をマンションに監禁置去りにして餓死せしめたる由。幼兒二人の慘苦を思ふに、あまりにもむごたらしく氣の毒になりて覺えず淚を催し、詳細を讀むこと能はず。

2010年8月2日(月)

五色園

半陰半晴。風絕えて欝蒸甚し。母上を伴ひ自働車を運轉して五色園に赴く。淨土眞宗五色山大安寺の宗敎公園とかいふ處なり。雜木林の間を進むに、淺野祥雲といふ人の制作したる親鸞上人繪卷のコンクリート像其處彼處にあり奇觀を呈す。突當りに墓地あり。駐車塲に車を停め墓地事務所を訪ね園内案内册子を購ふ。一部參百圓也。裏手に囘り本堂に詣づ。境内寂寞として通り拔けする人もなく、鹽辛蜻蛉の飛ぶを見るのみ。何とも形容しがたき不可思議なる公園なり。巨大なる兒童用遊具も亦奇觀なり。炎暑燬くが如し。市塲に立寄り買物をなし家にかへれば正午なり。夕刻眼科醫I氏を訪ひ精密檢査を請ふ。過日保健センターより綠内障の疑ひある由通知ありしを以てなり。昨年同樣異常なし。日暮るゝと共に南風吹き出づ。晚涼を俟ち煙草買ひがてら町内散策。D公園を過るに幼き兒童六七人母親二三人と共に手持花火に興じゐたり。小學校の體育館一階の窓開け放たれ、路傍より中を窺ふに、運動服を着たる學童二十名ばかり、右から左、左から右へと驅囘りながら球を蹴りゐたり。フットサルなるべし。群靑色のカラーコーンを左右に二個づゝ置き球門の代はりとなす。

2010年8月1日(日)

業腹

舊六月廿一日。陰晴定らず。西北の風强し。溽蒸昨に劣らず、靜坐するも全身に汗にじみ出づ。午後散步。流汗上衣を潤す。驛前の煙草屋に赴きポール・モールを購ふ。夕食中不愉快なることあり、腸の煮えくりかへる思ひせり。食後餘憤禁ず可からず買物がてら夜風に吹かれて怒りの火を消す。