芸人列伝

立川談春
平成の若き名人

手許に一通の招待状がある。株式会社「立川企画」から、立川談志・立川談春連名のものだ。文面にはこうある。

謹啓 残暑の候皆様にはますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
此の度 私儀弟子立川談春を真打ちとして認めるところと相成りました。
これも偏に皆様のご支援の賜と厚く御礼申し上げます。
つきましては左記のとおり真打ち昇進披露の宴を催したくご多忙のこととは存じますがなにとぞ御光臨の栄賜りますようお願い申し上げます。

敬具
平成九年八月吉日
落語立川流家元 立川談志
立 川 談 春

推薦人

平井義一(横綱審議委員)
松岡由雄(立川企画代表取締役)
山藤章二(イラストレーター・落語立川流顧問)
青木孝雄((株)浪花組常務取締役)
青木玲子(写真家)
石原伸晃(衆議院議員)
さだまさし(歌手)
高田文夫(作家)
玉置宏(司会者)
森田芳光(映画監督)
吉川潮(作家)

平成9年9月20日、赤坂プリンスホテル・ロイヤルホールで、立川談春は真打披露宴を催した。談春がここまでは来るのは決して平坦な道のりではなかった。落語協会(前会長柳家小さん、現会長円歌)では、10年高座を務めれば自動的に真打昇進をさせるという、真打量産方式を採用しているが、そんな協会の在り方に反発して(直接の原因は、愛弟子談四楼が古い真打試験に落ちたからなのだが)、談志が「落語立川流」を設立、みずからを「家元」名乗った。「落語立川流」で真打になるのは至難の技である。そして、見事真打になった落語家たちの質はみな驚くほど高い。

ここで「落語立川流」の制度を紹介しよう。まずコースが三つある。Aコース(噺家を目指し、常時、寄席や舞台に出ている)、Bコース(談志の生きざまに共感して入門、そこそこ落語ができる)、Cコース(無名だが落語にかかわりたい人)の三つだ。それから〈上納金制度〉だ。「ヤクザから教わって」(by 談志)上納金制度を導入、三十万で真打、十万で二つ目に昇格できる。ただし落語は「すべての芸能の頂点にある」(by談志)から、何もかもできなければだめで、落語は五十席以上、都々逸や手踊りなど歌舞音曲の余芸も必須だ。Bコースにはビートたけし、上岡龍太郎、高田文夫、団鬼六、山口洋子、内田春菊、山本信也、ミッキー・カーチス(先頃真打に昇進)、上田哲らがいる。吉本興行みたいに会社ごと弟子になっていて上納金を納めているところまであるのだ。

「道のりが平坦でない」のにはもうひとつの理由がある。年下の兄弟子の志らく(フランス前大統領のシラクにあやかって命名)に真打の先を越されたのだ。志らくは、自称〈全身落語家〉。談志と、彼が敬愛する五代目志ん生の系譜に連なる型破りな芸で、その口跡の鮮やかさとスピードは、しばしば〈ジェットコースター落語〉と呼ばれる。噺の速いのなんの。でも言葉はちゃんと客に届く。ここが非凡なところである。

談春のよさは、まずなんといっても、〈高座の姿がきれい〉の一点に尽きる。背筋がいい。スッとしている。颯爽としている。観ていて気持がいい。立川流といえば破天荒な荒くれ者ばかり、などと思ってはいけない。談春には、〈生きざまそのものが落語〉たる五代目志ん生のような荒っぽい芸はない。そのかわり、端整な風貌ににつかわしい、じつにさっぱりとした、そしてじっくり聴かせる腕がある。

たしか談春が談志の門を叩いたのは17歳のときである。大学卒の凡庸な落語家が跳梁跋扈する現在、この若さがまずいい。たしか談志も16歳で小さんに弟子入りしたはずだ。若いのに妙に貫禄がある。落ち着きがある。芸の〈型〉ができている。これからいくらでもその〈型〉を壊してかかるだろうが、若くして先人から多くを学んで自分の〈型〉をひょいとこしらえるなんて、並大抵の芸当ではない。

彼の〈早熟な才能〉の証言をここに引用しよう。平成9年9月27日、有楽町マリオン朝日ホールでの「第13回特選立川流落語界 立川談春真打昇進披露公演」のパンフレットの高田文夫の言葉だ。

 談春と初めて会ったのは、江古田の小汚い銭湯の二階。入門したての志らくが年下だけど兄弟子の談春と前座の勉強会を始めたのだ。そこにこまっしゃくれた17才の小僧……いや少年は居た。チャイルドのくせに五十代のような噺をした。ひょっとしたら孫でも居るんじゃないかと思える語り口であった。この妙な落ち着きはなんだ?
 会が終わってカラオケに連れて行くと17才は初対面の私に向かって「それでは聞いて頂きます。“おゆき”〔圏点〕です。♪もって生まれたァ~~ッ♪」と、流し込んで来やがった。17才がおゆきを歌うか普通?こいつは〝大人こども〟なのだ。
 おゆきから十数年という歳月がたち私も談春もちゃんとした大人になった。ある日二人を呼んで私はこういった。
「談志の頭脳部分は志らく担当、そして談志の技芸部分は談春が受け継げ。オレは談志の愛嬌部分を担当する」と。
 超合体ロボ談志二号はこうして完成を待っている。
 みごとなまでに古典落語に“いま”〔圏点〕をとり入れ、真打ちという幕内に入った談春。あの立川流家元であらせられる談志師匠が認めた真打ちになったのだから、もういつガンになっても恐れることはない。
 山藤章二画伯曰く「談春は今どき珍しく、スッとした落語家だ」
 その通り。まさに本寸法。古典落語の王道をいくその語り口で同世代を生きるバカな昇太・たい平・新潟らをリードして行ってくれ。鉄火で勇み肌な談春なら次の世代の芸界をひっぱって行ってくれるものと信じている。
 (志らくはクリエート馬鹿だから親分肌にはなれない)
 談春の技術をもってすればこのマリオンだって江古田の銭湯だってすぐにそこはもう江戸の世界。21世紀の名人誕生の日は近いかもしれない。
 この秋に真打ちとなり、人一倍暖かい冬を越えたらまさに“談”〔圏点〕の“春”〔圏点〕、本当の意味での談春時代の到来である。

「今どき珍しく、スッとした落語家だ」という山藤章二は正しい。百聞は一見に如かず、談春の落語を堪能されたし。談春は平成の名人になる器である。

(2000年10月15日)